Book(Manga)漫画「『不死身の特攻兵④~生キトシ生ケル者タチヘ』特攻から生還した奇跡の佐々木青年に2度目の出撃命令」

「不死身の特攻兵④」
(原作・鴻上尚史
漫画・東直輝 講談社)

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 「人間は容易に死ぬもんじゃない」
 漫画「『不死身の特攻兵④~生キトシ生ケル者タチヘ』(原作・鴻上尚史、漫画・東直輝 講談社)は、太平洋戦争中にフィリピン戦線で特攻部隊「万朶隊(ばんだたい)」の隊員として9度の特攻から生還した佐々木友次さんにインタビューしたノンフィクション「不死身の特攻兵~軍神はなぜ上官に反抗したか~」(鴻上尚史著、講談社現代新書)のコミカライズ第4弾です。

「第4巻」では死亡した筈の佐々木さんの生まれ故郷である北海道の石狩郡での葬儀の様子から始まります。しかし、フィリピンの戦場では日本での佐々木さんの葬儀どころか、葬儀中に父親の藤吉さんが妻のイマさん(友次さんの母親)に「人間は容易なことで死ぬもんじゃない」と呟いた通り、死んだ筈の佐々木伍長が帰還を果たします。もちろん仲間の兵士たちは佐々木伍長の生還に驚愕しました。 

石渡俊行陸軍軍曹らは佐々木伍長が敵機を攻撃したレイテ湾で何があったのかを尋ねます。佐々木伍長は軍曹に「敵機に向け爆弾を落とした」と報告。攻撃時には確かに佐々木伍長は特攻で死ぬ気で挑んだのですが、攻撃の瞬間に既に他界した中川中尉から、「まだ来るな」と忠告を受けた夢を見るのです。
 

 

なぜ、上官の圧力に屈することなく、生きて帰還できたのか」
 攻撃時の状況について佐々木さんは2015年10月に札幌市内の病院で、漫画の原作者である鴻上尚史さんのインタビューに「アメリカの軍艦に爆弾を落として損害を与えたことは確かだけど、沈没させていないから、撃破ということを司令部に報告した」と述べています。実際に当時の状況が佐々木さんの話した通りであることを鴻上さんは後に確認します。
 特攻兵ということから帰還について、上官からの圧力は相当のものであったにも関わらず、なぜ、佐々木伍長は屈することなく敵機に爆弾を落とし生きて帰ってくることを貫いたのか、漫画は鴻上さんの佐々木さんへのインタビュー取材の状況と戦争時の状況を交えながらストーリー展開します。

 
 

弾がなければ、人間を 弾にすればいいのだ

しかし戦争は特攻兵である佐々木さんを深刻な状況に追い込みます。美濃部浩次陸軍少佐は佐々木伍長が帰還したことを今後の作戦に悪影響が出ると判断し、猿渡参謀長に何としても佐々木を戦死させろと命令を下すのです。
 「第4巻」では、佐々木伍長が奇跡の帰還に喜んでいる暇もなく、特攻部隊「万朶隊」の隊員として2度目の出撃命令が下されます。しかし、同時に出撃した隊員の特攻機のエンジン故障を防ぐ防塵網が誰かの特攻機から落下、司令部は特攻兵たちに「空中集合」を命じます。ただ、この間に4機のうち2機が墜落してしまうのです。この結果、「万朶隊」隊員は佐々木伍長と奥原英彦伍長の2人となってしまいます。
 
 その後、海路を絶たれた日本軍は 石腸隊、鉄心隊、護国隊、靖国隊、一宇隊、八紘隊など続々と特攻兵隊員を戦場に集めてきます。
 「弾がなければ、人間を弾にすればいいのだ」との富永恭次陸軍中将の指令は、特攻によって活路を見出すという、まさに人間を人間と思わない作戦だったのです。しかし、特攻隊員との会話でも佐々木伍長は「目的は船を沈めることで、死ぬことではありません」と強調し続けます。
 
 

なぜ帰還できたのか、 寿命にむすびつけるしかない

「第4巻」巻末にも既刊同様に2015年に札幌の病院で入院していた佐々木さんへの鴻上さんのインタビューが収録されています。一部を抜粋引用します。
 鴻上「佐々木、おまえも行ってこいって言われたときに、どうして、分かった、帰ってくるのやめるっていう風にくじけなかったんでしょう?」
 佐々木「それは、心の中では思っていたかも知れません。なかなか口には出して言いません」
 鴻上「どうして友次さんは何回も行けたんですか?」
 佐々木「いや、やっぱりそれは寿命ですよ。寿命に結びつけるほかないの。逃げるわけにはいかない」
 

Reading Comment(ブログ筆者)

310万人の戦没者中にフィリピン戦線で51万人の日本兵が死亡

日本が戦争中は、20代そこそこの若者たちが兵士として徴兵され、日本のために海外の兵士たちと闘いました。日本軍兵士の戦没者は310万人といわれますが、生きて生還した人たちも存在します。現在は90歳以上で他界する人も増え、貴重な戦争体験を語る人は年々、少なくなっています。
 
 佐々木さんは万朶隊(ばんだたい)という特攻隊に属していました。万朶隊はフィリピンのルソン島、レイテ島などで出撃を繰り返した特攻部隊です。1941年からの戦争で日本はフィリピンを占拠し1944年から2年に及ぶ戦闘は、フィリピン奪回を目指す米国連合軍と防衛する日本軍との間で行われました。
 フィリピンでの戦争では51万人の日本兵が死亡したといいますから(旧厚生省)、いかに生き残ることが困難だったかが分かります。しかも佐々木さんたちの部隊は天皇陛下の裁可を得ていない公認の部隊として、つまり、個人が志願して結成された特攻部隊だったのです。

自分は絶対に死なないと決意

 漫画版の「第1巻」から「第3巻」までには、佐々木さんが特攻隊に入隊し、やがてフィリピン戦線で初めての特攻に出撃するストーリーが描かれています。「第3巻」では特攻で死んだ仲間を海辺で焼くシーンも描かれていますが、各場面、場面で、悲惨な戦争の実態もストレートに表現しています。

佐々木さんは特攻隊として徴兵されたのですから、本来は一度の出撃で死んでしまった筈なのです。しかし、それを断固拒否し敵を爆撃し大破させては帰還しました。特攻隊の義務は敵艦隊に突撃して死ぬことですから、そんな彼をよく褒める上官はいませんでした。でも、佐々木さんは「自分は絶対に死なない」と決めていました。日露戦争に出兵し生還した父親の「人間はそう容易には死なない」という言葉をいつも忘れないでいたのです。
 

何度も危険に遭遇しながらも勇敢に闘う

凡人からみるとと飛行機に乗って空を飛ぶこと自体ができることではありませんが、その上で佐々木さんは上空から敵機に攻撃し続けたのです。大変なことだと思いますが、佐々木さんは、そんな戦闘を何度も繰り返しました。さすがにマニラ北東を飛行中に、機体の調子が悪くなり不時着し、あらためて操縦席がボロボロになったのを見た時は、自分が生きているのが不思議に感じたといいます。
 
 「第4巻」巻末の鴻上さんのインタビューの中で、自分が生き残って生還したことに関して「寿命だとしかいえない」と佐々木さんが答えている点も、何か本人とは別の違った力が働き本人を生かさせたというしか言えない部分があるのかも知れません。
 しかし、おのれの命を捨てるのが当然という特攻隊の中で、自分が絶対に死なないと決め、何度も危険に遭遇しながらも、勇敢に闘い続けた佐々木さんのような日本人が存在したことを決して忘れてはいけません。
 

原作本
 

「不死身の特攻兵~軍神はなぜ上官に反抗したか~」(鴻上尚史著 講談社現代新書)
「青空に飛ぶ」(鴻上尚史著 講談社)

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